作家・井上光晴の〈虛構と現実〉を、彼が癌により死に至るまでの5年間を追い描いたドキュメンタリー。「ゆきゆきて、神軍」(87)の原一男監督作品。「地の羣れ」「虛構のクレーン」などで知られる戦後派の作家・井上光晴は、昭和52年に佐世保で文學伝習所を開いた。以後全國13ケ所に広がったその伝習所を中心に、彼は各地方で體當たりの文學活動を実踐してきた。映畫はその伝習所に集った生徒たちとの交流や、そして特に伝習所の女性たちが語るエピソード、文壇で數少ない交友を持った埴谷雄高、瀬戸內寂聴らの証言を通して、井上光晴の文學活動、〈生〉そのものを捉えていく。撮影準備直後、井上にS字結腸癌が発生し、いったん手術は成功するもののやがて肝臓へ転移していく。カメラは彼がその癌と戦う姿も生々しく撮り続けるが、平成4年5月、遂に井上光晴は死を迎える。映畫はさらにその井上自身の発言や作品を通して語られた彼の履歴や原體験が詐稱されていたということ、つまり、文學的な虛構であったという事実を、親族や関係者への取材を通してスリリングに明らかにしていく。そしてその虛構の風景を、映畫はモノクロームのイメージシーンによって再現する。フィクションの映像をドキュメンタリーの中に取り入れることによって、まさに〈虛構と現実〉を生きた文學者の全體像に迫ろうとした、渾身の作品となった。94年度キネマ旬報日本映畫ベストテン第1位、同読者選出日本映畫ベストテン第4位。